長崎市立図書館のPFI事業の要求水準やモニタリング等をチェックした

長崎市立図書館のPFI事業の要求水準やモニタリング等をチェックした

先日紹介した武雄市の図書館情報のサイトに、BTO方式のPFI手法で整備された長崎市立図書館の契約書が公開されていることを同サイトの管理者で前田様より教えていただいたので、このPFI事業の委託内容が適切であるかどうかをチェックした。

長崎市立図書館は、図書館の施設整備と運営を任せた包括的なPFI案件として有名であることから私も訪問したことがあるが、ビジネスユースで利用するには不便な図書館であるという印象だった。それは、居心地は良いけれども、WiFiが整備されておらず、なぜか利用者用のLANのジャックが一つしか無いという、ビジネス目的で個人のPCを持ち込んでも使えない施設だからである。

ただ、長崎市のすばらしいところは、この図書館の基本計画から、事業者選定に至るまでの情報を長崎市立図書館整備運営事業としてまとめて公開していることである。

ボリューム的には、かなりのものであるので、テーマを⑴PFIとして民間資金を活用する意義があったのかと言う観点と、⑵要求水準書、モニタリング、支払メカニズムは適切に連動しているのかと言う観点からチェックをした。

1.PFI事業としては短すぎる契約期間

このPFI手法による図書館整備は、わが国の他のPFI事業と同様に割賦払いで施設を購入したものである。契約期間は17年5月13日から34年12月31日であるが、サービスの開始は20年4月1日なので、サービス提供期間は14年と9ヶ月となっている。

本来のPFI事業は、民間投資や民間リスクの民間による資金借入を利用して資金調達を行い、施設の耐用年数または投資が必要な大規模修繕が必要になるまでの期間(一般的には30年程度)にわたって委託するかわりに、施設の大規模修繕コスト変動リスクや、維持管理コスト変動リスクをとらせることで価値を生み出す方法である。つまり、従来公共がとっていた大規模修繕コストや維持管理コストの金額を、民間がライフサイクルで運営することによって削減し、民間による資金調達コストの増加分よりも付加価値を大きくする仕組みである。

しかしながら、本契約は15年間を下回る契約であることから、一般的に15年目に行われる大規模修繕のリスクも市がとらなければならなくなっている。そのため、事業者に大規模修繕コストを下げる必要がないことから、日々の適切な維持管理を継続し続けるインセンティブがなくなっている可能性がある。このような民間資金の使い方は、割賦支払による資金調達コストを増大させる為だけのものであることから、民間資金を活用する積極的な理由にはならない。

2.わかりにくい要求水準、モニタリング、支払及び減額の仕組みの連動性

要求水準と、モニタリング、支払料金の構成と減額の仕組みについては、称)崎市立図書館備運営入札公告の「設計・建設業務要求水準書」、「維持管理業務要求水準書」、「図書館運営業務要求水準書」と「モニタリング、サービス料減額及び契約終了に至る流れ」及び前述の「契約書」を参考にしながら内容を検証した。

これらの関連性は以下の観点から非常にわかりにくいだけでなく、今後問題が生じる可能性がある。

2−1 施設のBTO手法による契約期間と保証期間のずれ

この施設は、BTO手法によって市が所有する施設である。したがって、施設そのものの不具合については、一般的な製品保証の期間もしくは、瑕疵担保責任の期間であれば、製造業者に保証させることは出来るが、それ以上の責任を民間に要求することには無理がある。

実際、契約書には「甲による本件施設の完成検査」(31条)や「瑕疵担保責任」(42条)の条項があり、瑕疵の修補又は損害賠償の請求は2年以内であり、重大な過失の場合は10年間と通常の工事と同じである。つまり、10年すぎた施設に何ら問題が生じてもそれは、事業者責任にはならないことを意味している。

下記は「維持管理の要求水準書」のC−1建築物保守管理業務の施設に対する要求水準の例である。

施設の屋根部分の要求水準
施設の建具の要求水準
①     漏水が無いこと、
②     流布ドレン、樋等が詰まっていないこと。
③     金属部分が錆び、腐食していないこと。
④     仕上げ材の割れ、浮きがないこと。

① 可動部がスムーズに動くこと。
② 定められた水密性、気密性及び耐風圧性が保たれること。
③ ガラスが破損、ひび割れしていないこと。
④ 自動扉及び電動シャッターが正常に作動すること。
⑤ 開閉・施錠装置は、正常に作動すること。
⑥ 金属部分が錆び、腐食していないこと。
⑦ 変形、損傷がないこと。

これらは、初期の英国のリスク移転型PFI事業で用いられていた要求水準に似ているが、割賦払いにしてしまったため、契約期間全体を通した要求と事業者の保証との間に不整合がある。

減額の対象として、業務の要求水準未達に対し、改善通告したものの、改善がみられない事態に減額が発動することになっており、問題が起きた時の責任がわかりにくい。

例えば、前述の二つの要求水準は、市が所有する施設や建具に対してのものである。建具であれば、修補の請求は2年以内となっていることから、2年経過後に補修問題が生じた場合の責任は市がとる必要がある。また、重大な瑕疵であっても最長10年の瑕疵担保期間となっていることから、例えば10年の防水保証がすぎた場合には、事業者に屋根の漏水の責任をとらせることはできないと考える。

このような建具の要求水準は、建具の所有を民間にして、建具が利用できることのサービスに対して費用を支払う契約にしなければ機能しない。契約がそうなっていれば、建具が壊れたら、事業者はサービス料金が受け取れなくなる。従って事業者には、耐久性の高い建具を設置するか、適切な維持管理を行うかにより、建具の耐用年数をなるべく長くしようとするインセンティブが働くからである。

アウトプット仕様書の形をまねしても仕組みがそうなっていないので、要求と保証の整合性がとれず機能しないことがわかる。

2−2 曖昧な図書館の要求水準

図書館の要求水準も明確ではない。

要求水準は、悪いと判断する要因を明確にしておき、その対応の仕方に応じて官民双方が受け入れられる水準で設定すべきである。ところが、この悪いと判断する要因が見当たらない。

以下は要求水準書の例である。

業務項目
業務内容
業務水準
情報資料発注・受入
・発注方法・発注先の決定をする。
・選定内容が市によって決定されたもの
(定期購読を含む)を発注・購入する。
・発注管理をする。
・リクエスト情報資料で、市によって決
定されたものを発注する。
・寄贈情報資料で、市によって決定され
たものを受入する。
・司書資格を有する者が担当する。
・購入が決定された情報資料は2 日以内
に発注を行なう。
・原則として、発注から 1 週間以内に
納品されるよう、適切に管理する。
雑誌・新聞購入・管理
・配架

・定期刊行物等を選定する。
・その他、発注、受入、納品管理等業務
は、「D-4-3 情報資料発注業務」と同様
に行なう。
・配架業務を行う。
・選定は 1 年に 1 度行なう。
分類・登録・装備
・受入情報資料の分類を行なう。
・搬入されてきた情報資料に磁気テープ又
は IC タグ、バーコード、フィルムを貼る。
・装備完了した情報資料をマーク登録し、
目録を作成する。
・配架場所を変更した情報資料のデータの
変更
を行なう。

・「長崎市立図書館運営方針」の「情報
資料整備方針」に沿った分類とする。
・視聴覚資料及び定期刊行物は選定事業
者独自の分類による。
・司書資格を有する職員が担当する。
・データの入力は正確にする。
・民間MARCの特徴を熟知した上で、
本図書館の利用に合わせて活用する。
・IC タグを導入する場合には、図書セ
ンターからの既存情報資料約 5 万点へ
の装備と公民館等図書室の情報資料の配
本、相互利用等に不都合が生じないよう
にすること。

情報資料発注・受け入れの業務水準だけをみてみても、要求している水準がわからない。

具体的に言うと、まずこの業務を司書資格を有するものが担当することは要求水準ではなく条件である。発注に熟練した人であれば、司書資格を持っていなくても適切な発注が出来るはずである。

次の2番目からが要求水準に該当すると考えられるが、購入が決定された資料を発注する期限がいつからカウントされるのかがわからない。事業者としては、決定された図書を発注するように指示された時からでなければ責任ある管理が出来ないはずだ。

さらに、一旦購入が決定されたものを、管理していくことの基準が示されていない。たとえば、1週間以内に納品できない資料や、定期刊行物の収集のルールはどうすれば良いのかが記載されていないし、納品されなかった場合の対処の水準も示されていない。

2−3 適切な図書館の要求水準の設定の仕方

ちなみに、適切な要求水準が記載されていると考えられるジェトロビジネスライブラリー(JBL)では、次のようになっている。

JBLは専門図書館である為、専門職員と民間委託業者の関係を公共図書館に当てはめることは出来ないかもしれないが、構成からみてみよう。

JBLは世界中の貿易関連情報を収集している特殊なライブラリーであり、世界中のジェトロ事務所で収集する情報を管理し、ジェトロ本体の貿易支援サービスと連携させる必要があるため、外部委託した業務は非常に限られている。

① 資料整理業務、 ② 資料管理業務、 ③ 閲覧・利用者サービス、 ④ 付随する業務 の4業務のみである。

正規職員が継続して管理を続ける必要があると判断した部分については、外部に情報は開示していないが、資料を選択したり、発注したりする部分は委託をしていないことが、これらの民間に委託している内容をみるとわかる。

長崎市立図書館の「⑴情報資料発注・受入」「⑵雑誌・新聞購入・管理・配架」「⑶分類・登録・装備」で記載されている部分のうち、発注を除いた部分を、JBLでは、① 資料整理業務、 ② 資料管理業務の二つの項目に分けて整理している。① 資料整理業務 は、イ 目録作成、 ロ 定期刊行物受入、ハ 資料装備、ニ 資料差し替え、ホ 製本・補修 の5業務に分けて、 ② 資料管理業務は、 イ 資料配架、ロ 資料展示、ハ 閉架書庫管理、ニ 蔵書点検、ホ 資料移管、ヘ資料処分 の6業務に分けて、それぞれの業務目的と業務内容が示されており、業務内容の中には、作業が適正に行われていると判断する要求水準が記載されている。

例えば配架についての整理の仕方は次のようになっている。

②資料管理業務の中のイ資料配架は、 (1)新規配架、(2)配架修正 (3)書架調整 (4)各種掲示物の作成・修正 と配架に関連するアクティビティーを4つに分類して、それぞれの要求水準の設定を行っている。

この中で、新規配架がどのようになっているかをみると、その対象は① 新聞 ② 雑誌 ③ 図書 の3種類があり、受け入れから配架までに要求される時間がそれぞれの対象毎に異なっていることがわかる。

また、未着資料については、発注から受け入れまでの期間は、発注時に職員が管理しており、事業者は受け入れたものを報告している。(長崎市の発注から納品までを1週間にするという要求水準は達成不能であると考えられる。)

但し、継続資料の未着については、発注した職員が検査するのではなく、配架修正において確認することとしている。定期刊行物については全資料を対象とした未着調査を休館日に行い、結果を機構に報告すること。未着があれば国内の発行元または取扱書店に当日中に連絡すること。海外事務所経由で収集資料の未着は当日中に機構に報告することを要求している。

このように、具体的に委託する資料とそれに対する要求水準を明確に提示する為、その要求水準を達成する為のスタッフ数が適切に算定できるようになる。また、ここで示している要求水準は、JBLが提示した案である。そのため、上記の要求を満たすことが困難であると言う事業者意見が、「ビジネスライブラリー運営業務民間競争入札実施要項(案)に対するご意見」で示されており、事業者の意見を反映した要求水準の再設定が行われている。

要求水準書を事前に開示して、要求が適切でないと言う指摘を受けた場合には、適切になるように要求水準を修正することが重要である。ところが、要求水準が示されていない場合には、事業者もなんとコメントしていいかわからず、そのままになってしまう可能性があるので留意しなければならない。

2−4 不明確なモニタリングの仕組み

長崎市立図書館では、要求が満たされているかどうかを確認するモニタリングは、日常モニタリング、月次モニタリング、随時モニタリング、利用者アンケートの4つによって構成されている。

民間にリスクを移転する仕組みとして最も重要であり、コストも発生するのがこのモニタリングであるが、「モニタリング、サービス料減額及び契約終了に至る流れ」には、このモニタリングを行う為の①モニタリング組織、 ②モニタリング時期、 ③モニタリング手続、 ④モニタリング項目 、⑤事態1にかかる要求水準達成判断基準 、⑥事態2及び3にかかる重大な支障があると認められる事態の判断基準は、別途作成することになっており、この部分で満足のいく提案を事業者から生えられていないのではないかと危惧する。

2−5 適切なモニタリングの仕方

適切なモニタリングを行う為には、前述したような適切な要求水準を設定する必要がある。

同じく、適切なモニタリングの仕組みが記載されていると考えられるJBLでは、次のようになっている。

ここでは二つのツールを活用してモニタリングを行っている。一つは要求水準確認書であり、もう一つは業務確認表である。要求が明確に記載されている為、具体的に当日何を行ったかと言う業務日報の要求はしていない。報告しなければならないことは、業務確認表によって、満たされていない要求水準が無かったかどうかである。

適切なサービスが行われ、問題が無かった場合には、この業務確認表を1枚提出すれば、基本的にはそれ以上の報告をする必要は無い。

しかしながら、要求水準を満たさない事象が発生した場合には、その発生原因を特定したり、具体的にどのような対応を行ったのかを示したり、要求水準が正常な状態に戻るまで、この報告を継続して行わなければならないようになっている。

このように、発注者側も、事業者側も、事前に達成しなければならない要求水準を明確化し、達成できない事象が生じた場合に、その原因に立ち返って、課題をつぶしていくと言うプロセスを組み込んでいるため、サービス水準が継続して向上する仕組みになっている。

2.6 不適切なリスク分担

長崎市立図書館では、要求水準が明確に示されておらず、かつ、モニタリングについても実態がどのようなものなのかが、わからないまま、事業者の選定が行われたが、減額の仕組みとして非常に厳しいものが事業者に課されている。わたしは、これはやり過ぎであると考えている。

事態1
表1に示す業務の要求水準未達に対し、改善通告したものの、
改善がみられない事態。
当該業務月額の10%の減額
事態2

次の事由等から生じる、重大な支障があると認められる事態。
①業務の放棄
②故意による市との長期連絡不通
③虚偽の報告
維持管理費相当分、運営費相当分、
情報資料購入費の50%
事態3

次に示す、明らかに重大な支障があると認められる事態。
①人身事故・物損に関する事態の発生
②個人情報の漏洩
③社会的信用の失墜
維持管理費相当分、運営費相当分、
情報資料購入費の50%

事態1については、前述の通り要求水準が明確に設定されていない訳であるので、改善通告がそもそも機能するのかどうかがわからない。事業者としては、そこを指摘すれば良い訳であるから、多分改善通告そのものが成立しないので減額は無いであろうと考えられる。

事態2と事態3については、これは明らかに、何を意図して設定したのものなのか理解できない。維持管理比や運営費情報資料費とうに占める人件費や資料費の実費の割合は相当高いものと考えられるので、これらを50%支払わないと言うことは、事業者に契約解約を通告することと同様である。

しかも、事態3の①人身事故・物損に関する事態の発生 、②個人情報の漏洩、 ③社会的信用の失墜 については、本当に事業者の責任で発生するものだけに限定できないと考えられる。このような、どのような原因で発生するかわからない、人身事故や、物損に関する事態が発生した場合に、それらの事象そのものとの明確な関連性がない可能性の高い維持管理費相当分、運営費相当分、情報資料購入費の50%の支払を減額すると言う要求水準は理不尽なものであり、合理性に欠けている。

もちろんこの減額については、保険でカバーできる可能性はあるが、このような問題が発生する可能性のある要因を明確化して、その要因が発生した場合には、一定の期間内にその要因を取り除くことが、善良な運営者に求められることであるはずだ。

原因の如何に関わらず、民間の料金を差し引くというのは適切なリスク分担の観点からも、適切な競争の観点からも適切ではない。特に、このような要求をする発注者の仕事はリスクが高いので応募しないという事業者も出てくることから、競争が適正に働かない可能性がある。

3.最後に

官民連携の業務と言う意識を持って要求水準の設定を行わないとこのような状態になってしまう可能性があるので留意しなければならない。

なお、前述したJBLの様な要求水準を適切に設定する為には、業務の方向性策定分析AS-IS分析TO-BE分析FIT&GAP分析等を行った上で、適切な業務分担と要求水準の設定を行っていくと言うプロセスを踏むことが望ましいと考える。作業を効率的に行う為のツールとなるテンプレートがあるので、活用の仕方等については、アドバイザリーサービスとしてご依頼いただきたい。

お問い合わせは、こちらまで。

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